Y-0 室 「空中の本」へ

Y-0 室

Air Language Program

「空中の本」とは、危機にある現代の書物空間を、科学、哲学、芸術が発生し合流する場としてあらためて探究しようとする構想です。平出隆はその思想的な方法 を《Air Language Program》とし、物質が秘めている言語を捉えるための新たな肯定の力を追求。この部屋にはそのための五つの鍵が示されています。

「空中の本」へ
Air Language Program

エミリー・ディキンソンの封筒詩
ディキンソンの手稿の多くは便箋に書かれているが、使用済み封筒を用いた不定形の紙も使われていた。節制を徳とする当時のニューイングランド周辺の経済倫理も背景にあるが、みずからの詩を「世界への手紙」に喩えた彼女にとって、便箋と封筒は内密の夢を託すのにふさわしい支持体であったに違いない。

モーリス・ブランショの手紙
Xのゾーンで示された加納光於宛封書の中の手紙─「わたしは自分が未知なものに、未知なものへの友愛に結ばれていると感じております。それこそがわれわれを遠い隔たりを通してたがいに近さの中に保っているものなのです」(清水徹訳)。「言語と美術」の根源的関係が示されている。

河原温の手紙
コンセプチュアル・アートに移行してのちの河原温は、展覧会場に現れない「非在の人」であり、筆跡を残さない「印字の人」だった。この極めて例外的な手紙を受け取った岡崎和郎は、「友愛か感謝の気持ちを言いたかったんでしょう」と回顧している。言語からも、美術からもはみ出している「なにか」である。

ガストン・バシュラールの想像力論
コルティ『インクの夢』には名だたる文学者たちが寄稿しているが、掉尾を飾るのがバシュラールの文章「ある物質の夢想」。「たった24の紙片でコルティは、夢見るインクにその失われた結晶のすべてを返してやった」と称賛する。書記や印刷に使われてきたインク自身の夢を、著述家と出版人が空中へと解き放つ。

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エミリー・ディキンソン
[Envelope Poem(ファクシミリ版)]

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ジョゼ・コルティ
『インクの夢』

ガストン・バシュラール
Gaston Bachelard(1884–1962)

フランスの科学哲学者。科学史研究から詩的想像力の探究にまで及び、科学と哲学と詩とを瑞々しい思考でつなぎえた現代思想の巨人。とくに人間の想像力の源は物質の側にあるとする考えは、意識の時空に限りない内密性と垂直の力動性を与え、科学的な認識に裏打ちされた豊かな芸術思考へも導く。

ジョゼ・コルティ
José Corti(1895–1984)

フランスの作家、書店主。自身の主宰するジョゼ・コルティ社からシュルレアリスム周辺の書物を中心に刊行。1945年、みずから制作したデカルコマニーの作品集『インクの夢』を上梓。同書にはバシュラールのほか、ポール・エリュアール、ルネ・シャール、ジュリアン・グラックが寄稿している。

エミリー・ディキンソン
Emily Elizabeth Dickinson(1830–1886)

近代アメリカ詩の礎を据えた詩人として知られるが、遺された全詩1789篇のうち生前は10篇しか出版されていない。隠棲に近い生活が始まった30歳代の数年間はとくに旺盛な詩作を行い、作品は詩想の豊かな展開と形而上的な省察の深み、ときに聖性を喚起する情感のひろがりを湛えている。コーネルもこの詩人を酷愛した。

アルマンド
Armando(1929–2018)

オランダの画家。アメルスフォールトに育ち、ナチスによる惨禍を間近に経験。「グループ・ゼロ」の主要メンバーとなるが、脱退。あえて西ベルリンにアトリエを据えて制作する。平出をベルリンへ導いた存在でもある。展示されている梯子は旧約聖書のヤコブの梯子に由来し、天国への道を示す。詩集、エッセイなど著作も多数。

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ジョゼ・コルティ
『インクの夢』

ジョゼ・コルティ
『インクの夢』02-48_1.jpg

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アルマンド
《梯子》
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