小屋の模型

大室佑介 芸術人類学研究所特別研究員

 まだ30代の半ばであった私小説家の川崎長太郎が、1938年から1958年の約20年間にわたって、執筆創作の場として寝起きした小田原の「海辺の物置小屋」の再建計画が、ゆっくりでありながら着実に進行しています。
 約7年間続くこの計画は、小説作品の背景としてたびたび登場する物置小屋内外の描写や、実際に物置小屋を訪れたことのある人による記録、そして、本や雑誌への掲載用に撮影された数枚のモノクロ写真などを検証しながら、浜辺に建つトタン板張りの物置小屋の姿を導き出していくため、通常の建築設計手法や、文学研究などの方法とは異なったアプローチを取らなければ、本来の姿にたどり着くことができないという、難解な計画となっています。
 2014年の秋頃に、この物置小屋と向き合ってきた研究成果物の一つとして、実際の20分の1サイズの模型を制作したことを契機とし、12月10日、都内にある青木淳建築計画事務所のミーティングスペースをお借りして、芸術人類学研究所所員の平出隆氏、建築家の青木淳氏、川崎長太郎の研究者である齋藤秀昭氏らと、物置小屋再建計画会議を行いました。
 各分野で名の通ったお三方が、紙と木材で作られた物置小屋の模型をのぞき込み、資料として残された写真や、記録文と照らし合わせながら真剣に議論している光景は、設計事務所での普段の会議とは少し違ったおかしなものに見えましたが、物置小屋全体のフォルムや、建物としての構造的・工法的な問題などといった専門的な面から、小屋内部の間取りに関する合致点や小さなズレ、室内を彩る物品の具体的な配置についてなど、多角的な視点からの意見が交わる貴重な会議となりました。
 しかし、どれほど物置小屋の詳細部に焦点を合わせ、断片的なものの積み重ねとして再建できることが確信できたとしても、作品内の文章や、記録写真に撮られることがなかった場所、また、あまり記憶に残りにくい部分のことや、実際に物置小屋の建設に携わった大工職人の独特な施工方法など、忠実に再現することがとうてい不可能な箇所が浮き彫りになるばかりであり、それらの部分の詳細に関しては、各人の想像力と、専門的な知恵などで補いながら構築していくことしかできません。
 物置小屋を忠実に再建することは、訪問者の内面で展開される想像力の飛翔を妨げてしまい、住人であった川崎長太郎の創り出した小屋空間との距離を広げることに繋がりかねない、という逆説を孕んでいる可能性は否定できないことです。今回の再建計画は、ただ単純に具体的な形を作るということではなく、物置小屋という媒体を通じて、川崎長太郎の生活や、創作活動の場面についての想像を巡らすことができる喚起装置のような空間こそが、「海辺の物置小屋」に最も近い成果物になるのかもしれません。
 川崎長太郎没後30年を迎える2015年には、何らかの形での「再建」が実現することを願っています。

Art Anthropology2015